野崎宵の 飲食店とホテルの記録

飲食と宿泊 備忘録

観光地の本分は、他のどこにもない世界

このまま地方の人口が減り続けたら、地域の担い手が減る。

具体的には、役所の採用試験をうける人が減る。職員の給料の予算も減るので、職員全体が減る。また、地域の観光名所ではたらく人も減る。また、それ以外の日常生活に必要な店や施設ではたらく人も減り、店や施設はだんだん数が減る。

すると、役所・観光・店・施設(都市機能と呼ぶ)などが広い地域に点在する感じになる。

すると、それらに近い立地が便利となって、引っ越せる人は近隣に引越し、コミュニティをつくる。引っ越せない高齢者や土地持ちの人は、車や公共交通に依存する(から今とあまり変わらない)。

でここからが本題。

都市機能が点在する、と一言で言っても、それは一つの市内の話とはかぎらない。むしろ近隣の市で同じことが起こり、さらに人口減少が進めば、いくつかの市で役所を一つに集約することが効率的だよね、という話になっていく。他の都市機能についても同じ感じになる。

「ここが明らかに地域の中核」といった大きな市がある地域では、すべての都市機能をひとつの市に集約して、コンパクトシティを形成する。周囲の小さな市町村や集落は淘汰される。あるいは、それ自体が観光名所となるかもしれないが、一般的な生活機能はなくなる。

一方、おなじ規模の市がいくつか集まっている地域では、コンパクトシティを形成しようという話になっても、話がまとまりにくくなる。なぜなら、どこの市民も自分の市を中核都市として残したいと願うからだ。議論が右往左往した結果、着地点は「分業」。つまり、役所・観光・店・施設それぞれを、別の市が担い、あいだを路面電車かバスでも走らせよう、という妥協点が生まれる。

ここからが更なる本題。

分業の結論にたどりついたとき、「観光」を担うのはどんな地か。

ほかの場所では絶対にできない体験や空気、そういうものを持った地だ。そしてそれらの基盤となるのは、新興の商業施設やにわかに人気のでた食べ物などではない。「歴史」なのだ。それも、特異な。

戦国武将のあの人が敗北した合戦地はここだけ。あるいは、幕末のあの人が切り殺された地は、ここだけ、といったような。私の想像力をこえたところには、もっとずっと特異な歴史の世界があるだろう。また、必ずしも歴史の経路が見えていなくてもよい。美しい水路が張り巡らされた街並みは、険しい灌漑事業を経てきた歴史があるだろう。だがそれを知らなくても、他の地域にはない、街並みの特異な空気を感じることができる。

ここにこそ、観光で人を呼び込むポイントがあったと私は思う。

ガイドブックってどの地域のものも同じようなことが書いてあってつまらん、という記事をまえに書いたが(http://seizawomiyou.hatenablog.jp/entry/2017/05/04/231706)、

自分のなかでやっと答えが出た。

歴史ぜんぜん興味なかったけど、答えは出せた。